2003/01/26
ドイツやチェコのように洪水の被害こそ出ていませんが、この辺りも雨、雨、また雨、というお天気ばかりでした。
暗いヨーロッパの冬もあまり気にしない私も、今回はさすがに気が滅入ってきました。
まあ、落ち込むようなできごとも、いろいろあったせいでしょう。(涙)
そんな時、たまたま見つけたのが、
マルタ 2泊3日 飛行機代とホテル宿泊費込みで、お一人様なんと399フランから!
というチラシでした。
日本円にして、およそ34,000円!
企画はスイスの国鉄SBBの旅行会社でした。
マルタと言えば、「マルタの鷹」... と言うのは、あまりにベタな発想かも知れません。
でも、その時の私の頭に浮かんだのはまさにそれでした。
「地中海=お日さまがいっぱい!」
でも... マルタって、どこ? (汗)
そう思ってしまったことを、告白しなくてはなりません。
(とりあえず、地中海にあるということだけは知っていたので、地理がわからないといっていぢめないように♪)
私同様マルタの位置がわからない方の為に、地図でお教えしましょう。
チューリッヒからだと、飛行機でおよそ2時間の距離です。
マルタに決める前に、実はここから飛行機で数時間の距離にある他の暖かそうな観光地も当たってみました。
カナリア諸島 → 3年前の苦い思い出が蘇るので、あと数年は行きたくない...
スペイン → バスク独立派が爆弾テロを起こしているらしい...
チュニジア → 少し前、シナゴーグがテロリストの標的になり、ドイツ人観光客が巻き添えになった...
トルコ → イラク攻撃の際、アメリカに基地を提供するらしい。ちょっと危なそう...
エジプト → アメリカがイラクを攻撃したら、シナイ半島も危なそう...
イスラエル → もっと危なそう...
ギリシャ → あまり子ども向けではないらしい...
以前、インドネシア旅行を計画していたのが、9.11でおじゃんになってからというもの、行き先にはかなり気を使うようになりました。
「便りのないのは良い便り」ではないですが、マルタで何か騒ぎがあったという話も聞かないので、思いきってマルタにしてしまいました。
(それに、何と言っても安かったし...)
地中海、それもイタリアとチュニジアの間、というだけでもう十分行く気になってしまったのですが、一応もう少し勉強しておくことにしました。
ちなみに参考になるサイトとしては、日本語なら中央地中海通信が、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語などなどならマルタ政府観光局のオフィシャルサイトが、お勧めです。
歴史的には多くの民族が入れ替わりに支配してきた土地でもあるので、アラビア文化とヨーロッパ文化が入り混じった、何とも独特の味わいのある土地です。
独立以前はイギリス領だったので、公用語はマルタ語と英語、国内のインフラの大半も、イギリス式でした。
そういう事情で、イギリスからの観光客がこれまで多かったようですが、最近は他国にも積極的に宣伝をしているようです。
特に、ドイツ語圏をターゲットにしているような印象を受けました。
(エアー・マルタとルフトハンザが多くの点で業務提携を進めているのと、関係があるのかどうかはわかりません。)
今回の格安ツアーも、もしかしたらその一環かも知れませんね。
さて、このツアーですが、スイス国内の最寄りの駅から空港までの電車代+航空運賃+☆☆☆☆ホテルの2泊3日の宿泊費が込みで34,000円という、スイスの物価からすれば破格の安値でした。
子連れの旅でホテルが選べないのはちょっとネックでしたが、追加料金で部屋を指定できたので、これはこれで良しとしました。
ホテルがQawraという、マルタ島の北の方の地域で、首都のValettaからはちょっと遠いのも気になりましたが、元々島自体が小さいので、移動もせいぜい30分ほどでしょうから、これまた良しとしてしまいました。
街の書店でマルタのガイドブックを買って、簡単なマルタ語を勉強しただけで、気分はもうマルタ♪ ←行ったこともないのに
「まだ寒いと思うけど〜」なんて言いながら、日焼け止めと水着まで詰めて、水曜日の夕方の便で、チューリッヒを発ちました。
離陸してからしばらくすると、軽食が出されました。
客室乗務員のお姉さんが私にくれたメニューと、隣に座っていた子供達にくれたメニューは、ちょっと違っていました。
「2時間ちょっとのフライトでも幼児食があるのかな?」と思って辺りを見回すと、うちの子と同じメニューのお客がちらほら...。
どうやらメニューは2種類あって、客に前もって希望を聞くでもなく、特にこれといった決まりもなく、適当に渡していただけのようです。(^ ^;)
でもこの適当さが、「ああ、私たち南に行くのね♪」という気分にさせてくれたということは、ヨーロッパの南北の気質の差をご存じの方にはおわかりいただけることでしょう...。
軽食の後で、エアー・マルタの機内誌を読んだのですが、そこにはSt. JuliansにあるZenという名の日本食レストランの広告が載っていました。
その広告を見た途端思い出したのが、カナリア諸島はTeneriffa(テネリファ)にあった、日本食レストランでした。
どうみても横浜の中華街にでもありそうな赤い門の上に書かれた"Japanese Restaurant"という文字...
思いきって中に入った私を迎えてくれたのは、「ニーハオ!」という威勢の良い声でした。
時間があったらぜひZenにも行ってみたいと思いつつも、St. Juliansは夜はなかなか賑やかな若者向けの繁華街だと聞いていたので、3歳児と5歳児をつれていっていいものかどうか、躊躇しました。
そんなことを考えている間に、予定よりも20分ほど早く着いたマルタは、日は暮れてはいましたがそれでもスイスに比べるとずっと暖かでした。
空港に降り立った時点ですでに、「ああ、来て良かった...。」とウルウル目の私。
これまたツアーに組み込まれていた送迎バスに荷物を積み込むと、「ここはティチーノ(注: スイスのイタリア語圏 運転がちょっと荒い)か?!」というようなハンドルさばきで島を縦断するように走った後、40分ほどで、ホテルに到着しました。
話が前後しますが、マルタのルカ空港で荷物を待っている間、近くでスイス人女性が携帯から知人に電話していました。
その女性が、「☆☆☆☆☆☆☆のホテルに泊まれるなんて、もうとっても楽しみだわ。」と言っていたのを聞いて、「??? ホテルの星の数って5が最高なんじゃないの? 7つ星まであったかな。」と思ったりしたのですが、自分たちが宿泊する☆☆☆☆ホテルに入ってみて、「星は7つまではあるに違いない。」と確信しました。
まあ、その土地ではその土地のスタンダードに従うのが無難です。
多少隙間風が窓から吹き込んできたり、ドアの立て付けが悪かったりしても、良しとしましょう。
青い海と青い空、それだけでもういいじゃないですか。 ←いつになく、寛大
今回は車酔いの前科があるブロちゃんの体調に配慮して、バスでの移動が中心のマルタではあまり無理な日程を組まないようにしたので、あまり遠出はできませんでした。
Qawraの先のBugibbaまで散歩したり、現地の半日ツアーでBlue Grottoと呼ばれる海の名所やTa' Qaliの工芸村でガラス細工をのぞいたりしただけで、実はSt. JuliansのZenどころか、首都のValettaさえも、時間がなくて行けませんでした。(マルタでは丸々3日もあったのに...)
なので、観光ネタ以外を少し。
マルタでは英語が公用語と聞いていたので、もう少し普通に英語が通じるのかと思っていたら、案外通じなくて驚きました。
ブティックの経営者で英語の教師もしていたという女性の話では、私立の小学校では授業が全て英語だったり、かなりの時間英語の授業があったりするけれど、公立では週に2、3時間しか教えないんだそうです。
「お金がなければ私立には行けないのよ。」という彼女に、「私立は遠いんじゃないの。ValettaとかSliemaまで行くの?」と聞くと、「私立はどこの村にもあるのよ。歩いていけるから大丈夫。」という返事でした。
公立で、週に2、3時間というのは、意外でした。
やっぱり英語ができた方が就職には断然有利だと思うんですが。
中心部から離れていたせいか、日本人観光客というか、アジア系の人はとうとう見かけませんでした。
中華料理店はチラホラ見かけたんですが...。
よく見かけた観光客は、ほとんどがイギリス人かドイツ人、それもご老人ばかり。
1月の学校の休暇でもない季節に南に遊びに来ているのは寒さを避けて長期滞在しているお年寄りが多くなるのでしょう。
そんなイギリス人やマルタの人は、私たち一家をとても珍しそうにいつも眺めていました。
おそらく、家族の会話が聞きなれない言葉で交わされていたからでしょう。
マルタ最後の日、とうとうあるマルタ人が私たちにこう話しかけて来ました。
「あなたたちはどこから来たんだね?」
スイスから来た、と答えると、今度はこう聞きました。
「じゃあ、何語を話しているんだい?」
カーミットくんは、こう説明しました。
「私と子ども達はスイスドイツ語で話し、妻と子ども達は日本語で話し、妻と私は英語で話しています。スイスドイツ語は、ドイツのドイツ語とはちょっと違います。でも4人ともどの言葉もだいたいは理解できるので大丈夫です。」
そのマルタ人の彼は、それを聞いてさも感心したように言いました。
「そうか、スイスもドイツの植民地だったのか。それでちょっと違うドイツ語を話すんだな。わかるよ、ここだってそうだ。マルタもイギリスの植民地だったから英語を話すんだ。でも家ではマルタ語なのさ。スイスもそうなんだろ?」
...いきなり、スイスの歴史について語る羽目になりました。
ブロちゃんのにっき 1がつの写真にあるようなお天気に別れを告げて、とうとう寒くて暗-いスイスに帰る日になってしまいました。
空港のカウンターで搭乗手続きをしていた時のことです。
「あなたはスイスに行けないわ。」といきなりカウンターの女性に宣告されました。
理由は、パスポートにスイスのヴィザがないからだそうです。
その女性は、日本人がスイスに入国するには必ずビザが必要だと思い込んでいて、一歩も譲りません。
私とカーミットくんが二人して、日本人の観光客はヴィザなしで入国できるし、そもそも私はスイス人の配偶者として滞在許可を持っているのだから、パスポートにヴィザの記載がなくても問題ないといくら説明しても、納得してくれません。
「そんなに言うなら、マルタにいつまでも置いておいてくれるんだろう。だったら、天気の悪いスイスにはカーミットくんと子ども達だけで帰ってもらって、私はもう少しここに残ってのんびりしててもいいか...。」
と思い出した途端、「まあ、いいわ。搭乗券を渡します。」と言って、あっさり引き下がられてしまいました。
うーん、ホントはもうちょっと居ても良かったんだけど...?
他にも、「あと30分で仕事を終えて帰ることになっているから、今しか部屋の掃除ができない。」と言って私の昼寝をじゃましておきながら、掃除が終わってからずっとおしゃべりして帰らなかったメイドさんとか、面白い人たちがいっぱいでした。
久しぶりに、南の大らかさに触れて、のんびり羽を伸ばせた休暇でもありました。
土地の人ともっといろんな話もしてみたかったし、マルタ料理もほとんど試してみることができなかったので、今度行くときは5日間なんて駆け足の旅行ではなく、2、3週間はたっぷり遊んできたいと思います。
Gozo(隣接する島)のガラス工芸の工房もぜひぜひのぞいてみたい場所の1つです。
次は、いつ行けるんでしょうか。→カーミットくん
何はともあれ、楽しいマルタの旅でした。